火車

自己を維持するためだけに運用されるシステムってわりとどこにでもあるけど、(というかそもそも生命の営み自体がそういうものなのかもしれないけど、)それがなんのために運用されているかを、最低限システム管理者は理解しなければならないでしょと思う。意味も目的もわからずコストを支払い続けるストレスも、意味も目的もないということを認識するだけで、あとは個人の割り切りだけの問題となる。希望も絶望も、まずは定義されなくては始まらない。
あまり興味ないのだけど、人の執着って9割がた嫉妬に起因していると思う。人格が、他者との関係性の中にのみ存在するのならば、比較することでしか自己を確定できないのも道理であろうし、ゆえに悪意はいつまでも続き、好意は瞬く間に霧散するのだろう。
悪意も好意も狂気ではあるけれど、それらを面倒に思う心が、まあ一番壊れているんだろうなあとは思う。人間として。